東京高等裁判所 昭和31年(ツ)2号 判決 1956年2月10日
上告人 控訴人・被告 芳野留吉
訴訟代理人 秋田経蔵
被上告人 被控訴人・原告 新井雅幸
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人秋田経蔵の上告理由は、別紙記載のとおりである。
論旨第一点について。
労働基準法第二一条但書及び同条第一号でいう「日日雇い入れられる者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合」とは、右文意に照らすも、また同規定が、日日雇い入れられる労働者とはいえ、事実上月余にわたり継続して雇傭されている場合、解雇により突如生活上の脅威に曝されることを防止しようとすることを趣旨とするものである点にかんがみるも、日日労働契約を更新する労働者が継続して一箇月を超えて使用されるに至つたという客観的事実がある場合を指すのであつて、その使用者と労働者との間に契約の更新を継続する明示又は黙示の合意があつたと否とを問わないものと解するのが相当である。右と異る見解に立脚する論旨は到底採用することができない。
論旨第二点について。
労働基準法第二〇条但書でいう「天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合」とは、天災事変その他労働者を解雇するにつき、使用者に三十日前の予告をするか又は三十日分以上の平均賃金を支払わせることが、同法全般の趣旨と社会通念とに照らし、いかにも不合理とみられるような事由のために事業の継続が不可能となつた場合を指すのであつて、単に経済界一般の不況のために使用者が事業に失敗するに至つたというが如き場合までも包含する趣旨ではない。右と異る見解に立脚する本論旨もまた採用できない。
論旨第三点について。
論旨の如き事由のみによつて本件上告を理由あるものとすることはできない。
以上説示したとおり、論旨はいずれも採用に値しないから、民事訴訟法第四〇一条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長判事 柳川昌勝 判事 村松俊夫 判事 中村匡三)
上告代理人秋田経蔵の上告理由
第一点(法令違背) 被上告人は労働基準法第二十一条日々雇い入れたる者並に引続きの解釈を誤つた。
(1) 本件の被上告人は雑役夫として臨時に雇い入れたものであり雇い入れてより其期間二か月を経過しておるので平均賃金並に解雇手当を上告人は支払う義務があるとの原判決の趣旨であるが、
(2) 労働基準法第二十一条の日々雇い入れの者の内には、名実共に日々の給金を以て朝より晩までの全一日以内の時間的雇傭契約によつて雇い入れられた者であり正に本件被上告人と上告人との関係にある者は全然含まない。右は労基法の範囲外にある。人類共同生活に於て「一寸手伝つてくれ」的雇傭関係に迄労働法は適用されない。
(3) 労基法は労働者が以て生活の基本とし継続的に雇傭せられる事を予想し生活の計画を樹立した場合あえなく此計画を破壊せられる場合を救済匡正する目的の下に立法せられたものである。従而雇い入れの当初より臨時に真に一日限りの約にて雇傭せられ何の継続性の認められない(臨時雇)場合は仮令それが一か月以上に亘るとも労基法は適用されない。仕事の都合使用者被使用者間の情誼「暗黙の」契約更新があつたにせよそれは意思表示の省略にすぎないので引続きとの意味にはならない。
(4) 二十九日間引続き雇傭せられたとき「三十日こえれば労基法にひつかかるからここで一段落しますあすから雇い入れしない」と、宣告するときは労基法二十一条の適用を免れ、その意思表示をしなかつたら労基法にひつかかると言うが如き純形式を基とし法の適用不適用を決するが如きは労基法の精神ではない。右の如き場合意思表示なくとも双方の意思が臨時雇であり全然継続性なき場合は、引続きと認むべきものでない。
(5) 従つて引続きと認めるべき場合、実は永続性ある雇傭であるが賃金関係帳簿関係等により形式の日々雇い入れの如く見せかけたときに限り労基法の適用あるものである。
(6) 本件の場合は何の永続性なく継続性を帯びて居ないものであつて労基法のらち外にある。然るに労基法の適用ありとしたのは失当である。
第二点労基法は使用者の事業が失敗に終り廃業した場合は適用されない。本件の場合上告人は事業が失敗に終り雇人一同は涙を呑んで解散した。而も他の被解雇者は喜んで退散した。被上告人独り本訴に及んだ。使用目的がある事業に限られた場合其事業にして継続して執行することが出来ず廃絶した場合は、使用人の如何ともする事の出来ない事であり臨時継続的雇傭を問わず労働の客体がなくなつた場合即ち仕事がなくなつた場合は使用者も雇人も共難義労基法を適用してはならない。本件の場合は正にそれに該当する。
第三点現在日本の生産界に於て如斯労基法の適用をする事は生産の発展並国民の就職業相互扶助等につき影響すること甚大であるから上告採用して頂き度い。